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5/7 Happiness Letter518〔脳死は人の死ではない3〕

皆さま、おはようございます!
昨晩は、多くの皆さまにUstream番組《幸福実現TV》【いじめは克服できる!】(小島一郎幹事長代理、ゲスト:NPO団体「いじめから子供を守ろう!ネットワーク」代表・井澤一明氏、兵庫6区支部長・栗岡まゆみ氏)をご覧頂き、心より感謝申し上げます。

陰湿化するいじめの実態、いじめに対して無力な学校、政治が果たすべき役割等について、深い議論がなされました。

☆゜・:.。. .。.:・゜
本日は、5月1日に引き続き、私、こぶな将人(まさと)より、「脳死は人の死ではない」と題し、3回目(最終回)のメッセージをお届け致します。
☆゚・*:.。. .。.:*・゚
【こぶな将人寄稿】

これまで申し上げましたように、改正臓器移植法は「脳死を人の死」と位置付け、脳死者の身体を「死体」と表現しています。

しかし、脳死者であっても心臓が動き、呼吸をしています。一昨年、イギリス人女性が脳死診断の2日後に女児を出産しました。

脳死者が出産するケースは少なくありません。それでも、脳死を「死」と断定できるでしょうか?

「脳死を人の死」と位置づけるのは、いわば「唯脳論」という“医学的マルキシズム"です。

「死体から臓器を取り出すのだから、何ら問題がない」というのは、命を剥奪して臓器を取り出す罪悪感を消す言い訳にしか見えません。

繰り返しになりますが、幸福実現党は宗教政党としての立場から「脳死は人の死ではない」という立場をとっています。

臓器移植法改正で、15歳未満の子供からの臓器提供ができるようになりましたが、少なくとも今回のように、自分で明確な意思判断、意思表示ができない15歳未満の少年のケースは、決して認められるべきではありません。

脳死推進論者は「もう先は長くない、一人の脳死者の臓器提供によって、多くの人の命を救うことができる」と言っています。

しかし、目的が「善」ならば、何をしても許されるのでしょうか?命の重さを比較考量し、本当は生きている人から臓器を抉り出し、本当の「死」に追いやることが果たして許されるのでしょうか?

「死」や「魂」といった事象については宗教が関わるべき分野であり、唯物論的な合理主義によって「人の死」を法律で決め、臓器移植が次々と行われている現状に胸が痛みます。

臓器移植のニーズに対しては、政府は、日本が世界最先端の技術を有している「再生医療」の実用化に向けて積極的に投資すべきであり、脳死者を臓器移植の供給源と見なす考え方は変えていくべきです。

それが、脳死状態になられている方々の命と尊厳を守ることになると思います。

こぶな 将人
小鮒将人

HP:http://blog.canpan.info/kobuna/
07
2011
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